虚構の誘惑
「無名の人々をどう文字化していくか」
沢木耕太郎にとっての「どう文字化していくか」という問いは決して「無名の人をどうやって有名にするか」ではない。
「無名の人々の実名を書いて良いか」という意味だ。
わたしはなんでこんな初歩的な部分で悩んでいるだと思ったが、綿密な取材を通して書くルポルタージュにとっては大問題だろう。
メディアに名前を掲載するということは多くの人に自分の一面を晒すことになる。津波かもしれないし漣かもしれないが、今までの生活とは違う波が襲うだろう。しかも、ある一人のライターからみた自分を多くの人に晒すことになるのだ。
事実とは違う自分を書かれたら、あなたはどう思うだろうか。
ぼくの書いたルポルタージュは「嘘」ばかりだった
彼は真実を追求するジャーナリストとしての使命感に燃えて書いたことはないそうだ。どんなに丹念に取材をしたところで、自分に課した制約の中で、自分好みの一つの物語を織っていたに過ぎないと考えていた。
しかし、彼の課した制約が無かった場合、無名な人々の実名を書けなくなるだろう。制約の内容は、「取材に疲れて、安易に想像力の世界に逃げ込まないこと(嘘を書かぬこと)」。
彼は自分の書いたルポルタージュは「嘘」ばかりだったという前提に立ちつつ、わたしたちが指す「嘘」をつかないように最大限の努力を制約に課していたようだ。
その制約を課した理由もまたおもしろい。
嘘を書かないために取材を続けるほど、嘘を書くより仕方ないことが起きることに気がついたそうだ。
なぜかは本章を読んで確認して欲しい。彼の気持ちはとても理解できた。
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ネットは安易に事実だけを届ける。また、安易に想像力の世界に逃げ込んだ意見を流し続けている。この問題はネットにより手軽になったことの代償だが、元に戻す必要はないと思っている。
ビジネスとして紙の文学的利点を減らすようなことはせず、紙とネットが両立していけるようにするためではない。ただ、単純に書き方を、方法論を進化させるべきだと思っている。わたしたちの世代に渡された挑戦状なのだ。
- 作者: 沢木耕太郎
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